メガバンクと提携先手数料についてのまとめ

僕が利用しているメガバンクの、提携先と手数料(預け入れと引き出し)について、まとめておく。ややこしくて覚えきれないので。 内容はいちおうWebページを見て確認したけれど、嘘かもしれないので、もちろん過信してはだめ。 三菱東京UFJ銀行 セブン銀行 (セブン・イレブン、イトーヨーカドー、デニーズなどに存在。) ローソンATM (ただし三重県は他のATMも存在する。「ローソンATM」ロゴの有無で判別。) E-net ATM (あちこちのコンビニに存在する。これもロゴで確認。) 上記ATMでは、平日の時間内(8:45~18:00)手数料は無料。 あと、メインバンク プラスという優遇サービスがあり、一番下のレベルの優遇(残高10万以上とか)であれば、20日~翌月19日までの3回、時間外手数料が無料になる。このサービスはなかなか良い。条件などがややこしいので、知らない人は調べておく価値あり。 口座に10万円くらい常に入れておけば、その辺のコンビニで取引してもたいてい手数料は取られない、といった感じかな。こまめに引き出す癖のある人は、この際やめちゃえばOK。 三井住友銀行 @バンク (am/pmとかにあるようだ。ただしうちの近隣には全く無い。) ゆうちょATM JR東日本ATM (「VIEW ALTTE」というらしい。残念ながら見たことが無い。) 上記ATMでは、平日の時間内手数料は無料。 こちらも優遇措置があり、残高10万の人は本支店および@バンクでの平日の(これ重要)時間外手数料が無料。あと、毎月25日・26日に限り、6時以降も手数料無料。給料日にあわせて引き出す人が多くて、苦情でもあったのだろう。これも平日じゃない場合のルールとかあるので、気になる人は要チェック。 みずほ銀行 ステーションATM Patsat (阪急の駅とかで見るやつ。) 上記ATMでは、平日の時間内手数料は無料。 みずほ銀行に関しては、コンビニATM(イーネット・ローソン・セブン銀行)では平日時間内も手数料がかかる。まったくやる気が感じられない。 みずほ銀行は、みずほマイレージクラブという、クレジットカード付きのキャッシュカードをやっている。そのクレジットカードの利用が毎月あれば、本支店・コンビニATM(イーネット・ローソン・セブン銀行)の手数料が無料になる。回数の制限もない。 クレジットカードが嫌いでない人は、これに切り替えて、毎月の引き落としを(なにか一つでも)カード払いにしておけば、かなり手数料を節約できる。あと、ハローキティ柄のカードもあるので、キティラーは迷わず申し込むしかないだろう(僕もなんとなく、キティー柄にしてる)。   

2010年9月14日 · 1 分

朝顔が咲きました

普通はもっと早く種をまくはずだけど、7月になって思いついて朝顔の種をまいてみた。 はじめはゆっくりしていて心配したけど、この頃の酷暑でぐんぐん育ち(育ててる方が参っている)、ついに今朝、感動の開花。 明日からも、つぎつぎ咲きそう。 なかなかな癒しなのだけど、朝の水やりだけでは蒸散に追いつかず、午後にも水をあげないと、しなしなになるという有様。 今さらだけど、鉢の小ささと、土質(保水の悪さ)について後悔。

2010年9月10日 · 1 分

「やりがい」について

自戒をこめつつ書く。 マズローの欲求階層によると、何かにつけ私たちは「承認」や「自己実現」を欲しているのだろう。 だから、自分に何か良くないことが降りかかったとき、それは「意味のあること」と考えたがるし、自分が何かをするなら「意味のあることをしたい」と願うのだろう。 でも、それは煩悩だろう。 自分にとっての意味付けと関係なく、起こることは起こるし、やらないといけないことはある。 なぜこんなことを書いているかというと、仕事にやりがいを求める、という当たり前そうなことについて、僕は自分自身そういう感覚を捨てきれないけれども、それは違うとも思っているからだ。 仕事が反社会的なことでなければ、結局は社会のために為している、と言える。そこにやりがいを感じる、といえばそうなるだろう。 ただ、人間は論理で動いているように見えて、全然そうではない。理屈ではそうでも、感覚ではそう感じられないこともある。 だから、「これまで一番やりがいのあった仕事はなに?」という質問に対して、どことなく違和感を感じるのだ。逆に、「あなたのこれまでの人生で、やりがいのあったことはなに?」と聞き返したい。 即答する人もいるだろうけど、そういう人とは人生観が違う、としか言いようがない。 やたらと意味を求めすぎず、流れ流され、なぜだか生きている、という感覚を大事にしたいと思う。 (実はこの記事は、友人のエントリに触発されつつ書いたのだけど、「やりがい」と「達成感」という言葉の違いがあったので、TBはかけなかった。まあ似たような意味だよね、きっと。)

2010年8月27日 · 1 分

Slavonic Spirit / Romain Leleu

先日タワレコで発見したCD。 トランペットとピアノで、スラヴ圏の(?)曲をやっているアルバム。 曲調はちょっと哀愁をおびたものが多く、雨の日にはまさにうってつけ。 (熊蜂の飛行だけちょっと違うかも?) 吹いている Romain Leleu はこういう曲に大変あうような、軽すぎず重すぎず、絶妙のコントロールで聞かせる。1983年生まれのようだから、吹き込み時で25歳くらい。今後が楽しみなプレイヤーと感じる。 (輸入盤なので、解説を読み違えてたら年齢も違うかも。でも若い人には違いない。) ベーメのトランペット協奏曲 作品18と、ヘーネのスラヴ幻想曲はコンラディン・グロートのアルバム「SALON MUSIK」とも共通している。聞き比べるのもなかなか面白い。 問題は今のところAmazonで入手できないこと。 コンラディン・グロートのアルバムはAmazonにある(しかし写真がない)のだけど、こちらもオススメ。同じくトランペットとピアノだけのアルバムで、さすがグロート!と聞き惚れること請け合い。こちらはリンクを貼ってます。 ところで、Romain Leleuは、YamahaのChicago Artist Modelを使っているそうだ。僕と同じだ。 (輸入盤には結構使っている楽器が書いてあるような気がする。) 同じ楽器を使いながらこうも違うものか、という気もするけど、トランペットはわりと安価なので、プロと同じ楽器を使えるのがいいところだ、とも言える。

2010年8月10日 · 1 分

音楽をするということ

ちょっと前の週末、久しぶりに所属団体の練習に参加した。 楽器を吹くこと自体数ヶ月ぶりだし、しかもこの頃は一年に何回吹いているか、数えられるくらいしかやっていない。 合奏ではぜーんぜん吹けないところ(コラ)や、体力が落ちているとはっきり分かって嫌だなあ、と思うところもあったけど、吹いていて楽しいと思うところもまた多かった。 音楽というのは本当に広くて深い、すばらしい世界だなと思う。 「言語・文字を使う」ことや「社会性」ということを「ヒトらしさ」とするなら、「譜面を読んで、楽器を吹いて、皆と合わせる」という行為は最高にヒトらしい振る舞いなのではなかろうか。 そして、音楽を通じて知り合った友人知人は本当にかけがえのないものだ(結婚相手そのものが楽器つながりだし)。みんな本当にありがとう。 なんとか次の演奏会には、みんなに加わりたい。今の僕では力になれるということも無いけれど、せめて迷惑にならないようにはなりたい。 特にパートリーダーをお任せしっぱなしのUさんには本当に感謝してます。 音楽でつながっているみなさん、これからもよろしくお願いします。

2010年7月30日 · 1 分

「月のかぐや」

「雲ひとつ無い晴天」というが、月には大気が無いので、そんなものではない。 関東平野くらいの範囲を眺めつつも、視界を妨げるものは何も無い。はっきりと地形が見える。そして、影が暗い。薄暗いのではなく、真っ黒で見えないのだ。大気がなく、光の散乱が少ないためだろう。こんな景色は、地球では絶対に見ることができない。 面白い話も盛りだくさんで、本当に値打ちのある本だ。

2010年3月5日 · 1 分

無添加の「さらさ」

マーケティング巧者P&Gが、洗濯洗剤「さらさ」の無添加ぶりをさかんにアピールしている。 ちょっと気になって成分表示を見てみたが…なんのことはない、れっきとした合成洗剤である。「LAS」と書いているが、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩って書けよなあ。 ま、漂白剤や蛍光剤が入っていないということで、色柄物には(毎度白く染める洗剤よりは)いいかもしれない。そういう意味では「アタックNeo」も同等だ。 こういう、無添加をアピールするやり方は、無知に付け込む商法だと思う。 そういう添加物(薬品?)が気になるのなら、もう水と石鹸で洗うしかないだろう。石鹸も成分を見たら怖くて使えないかもしれない。 ちなみに水道水には「塩素」が添加(笑)されている。これは漂白剤と一緒なのだ。だから、水道の水は一日置いといて塩素が飛んでから使わないとダメだね、なんてことになっちゃうな。

2010年2月18日 · 1 分

PerlでJPEGのEXIFを取得してファイルを整理する

気づけば2月も半ばになり、新年とは言えない時期になってしまった。今年最初のネタはプログラマらしい話から。 僕はデジカメのファイルを溜め込みがち。ときどき意を決して、デジカメからファイルを全部パソコンに転送して、エクスプローラでEXIFをみながら、日付とイベントで名前をつけたフォルダを作ってその中に移動して整理する。 # 「溜め込むなよ」とか「もっとましなツール使え」とか言われそう この間もSDカードが一杯になったので整理をしていて、ふと「この作業ってプログラム向きだね」と考えてしまった。 というわけで、久々の日曜プログラマ。 CPANを探せば、EXIFをとってくるようなものがきっとあるだろうと思って探すと、いくつかありそう。今回はImage-ExifToolを使うことにした。Windows環境なので、ActivePerlを使って実装。 僕のカメラ(Canon PowerShot G7)だと「CreateDate」という属性に撮影日が入ってたので、それを使うことにした。EXIFの取り決めとかはあんまり興味ないので調べなかった。許して。 JPEGファイルを並べたフォルダ内で実行すると「YYYY-MM-DD」というフォルダを作ってその中にファイルを移動するように実装してみた。 実行環境やカメラによってはうまく動かないかも。なのでAS-ISということで。うっかりファイルが消えたりしても責任とれません。 use strict; use Image::ExifTool; use File::Copy; ExifToolの用意 my $exif_tool = new Image::ExifTool; my @file = glob(’*.jpg’); for my $file (@file) { exif情報の取得 my $exif_info = $exif_tool->ImageInfo($file); my $create_date = $exif_info->{‘DateTimeOriginal’}; 日付情報の切り出し if ( $create_date =~ /(\d+):(\d+):(\d+)/ ) { my $year = $1; my $month = $2; my $day = $3; ディレクトリの作成と移動 my $dir_name = “$year$month$day”; mkdir($dir_name); move($file, $dir_name); print “$file is moved.\n”; } else { print “$file is NOT moved.\n”; } } ...

2010年2月17日 · 1 分

Config::GeneralでUTF-8のファイルを読み込む方法

僕はPerlで設定ファイルなどを扱うのにConfig::Generalをよく使う。もっと良いものがあるのかもしれないが、特に難しいところもなく、直感的に使えるので気に入っている。 ところが、設定ファイル中に日本語(UTF-8)があると、期待通りに動作をしてくれないことに気がついた。文字によっては化けたりするのだ。今まで困らなかったのが不思議なくらいだが、これまで設定ファイルに日本語を埋めたことがなかったのだろう。 この現象を回避するには、Config::Generalを初期化するときに、-UTF8オプションを渡してあげれば良い。 例えば、こんな感じ(たぶん)。 my $conf = Config::General->new(-ConfigFile => 'xxx.conf', -UTF8 => 1); my %config = $conf->getall; ところが、少し古いConfig::Generalにはこの-UTF8オプションがない。例えばDebian 4.0の標準パッケージがそうなのだ。 しかたがないので、ファイルの中身をいったん読み込んで、読み込んだ内容をConfig::Generalに渡すことにした。これならうまく動いてくれる。 open(CONF, 'xxx.conf'); my $buf; while (<CONF>) { $buf .= $_; } close(CONF); my $conf = Config::General->new(-String => $buf); my %config = $conf->getall; もっといい方法がありそうだと思いつつも、それほど時間がないし、わりとどうでもいいツールだし、なので動けばいいやということで妥協しつつ、備忘録をかねてエントリにしておいた。 ちなみに、呼び出す側のPerlスクリプトもUTF-8で書くことと、以下の記述を入れておくことを忘れずに。 use utf8; binmode STDOUT, ":utf8"; use open IN => ":utf8"; Perl世界のことはまだよく分からないので、添削・批評など大歓迎です。

2009年6月25日 · 1 分

読書熱

読書熱が高まっている。 通勤時間が長くなったことと、引越し後の収集がようやくついてきたこともあって、このところ割と本を買っている。 数えてみると、今月に入ってから買った本はすでに10冊ある。さらに定期購読の雑誌が7、8冊届く。積ん読していた雑誌のバックナンバーなども読んでいるので、割とハイペースで読み続けている。 しかし本を読みっぱなしというのも、inputばかりで非常にバランスの悪いことのように感じる。なんだか頭の中にモヤモヤとしたものを感じるのだ。 ときどきはノートをつけるなり、感想文を書くなりのoutputが必要なのだろう。頭の整理にもなるだろうし、自分の経験と著者の主張を重ねたり離したりすることで、いっそう重層的な読み方ができるようになるかもしれない。 さらに、昔は一度読めばどの辺にどんなことが書いてあったか意識できていた。必要になれば本棚から必要な本を取り出して調べられたのだ。ところがこの頃それができなくなりつつある。 たんなる記憶力の弱まりといえばその通りかもしれないけれど、昔できていたことができなくなるのは少々悲しい。これからは、内容の良い本については、何が書いてあるかくらいのメモは残しておきたい。 そういうわけで、少しずつ、読書のしかたを変えていくようにしたい。

2009年4月24日 · 1 分